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| 肝細胞がん:かんさいぼうがん |
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1.肝細胞がんとは
肝臓は、成人で800〜1,200gと体内最大の臓器で、ここには多種類の悪性腫瘍が生じますが、肝細胞がんと胆管細胞がんで95%を占めます。残りの5%には、小児の肝がんである肝細胞芽腫、成人での肝細胞、胆管細胞混合がん、未分化がん、胆管嚢胞腺(たんかんのうほうせん)がん、カルチノイド腫瘍などごくまれなものがあります。成人では、肝臓がんの大部分(90%)は肝細胞がんです。わが国の男子のがんによる死亡数では、1位の胃がん、2位の肺がんに次いで第3位が肝細胞がんで、しかも年々増加傾向にあります。女子での発生率は男子の1/5で、こちらはむしろ減少傾向にあります。肝細胞がんの発症年齢の平均は、およそ55歳です。大部分は40〜60歳代でこの病気にかかるわけです。働き盛りの一家の大黒柱を襲う病気で、社会的・家庭的にも切実な問題です。
ここからは、わが国での肝臓がんの大部分を占める肝細胞がんについて解説し、肝細胞がんを単に肝がんと表記します。
2.肝がんと肝炎ウイルス
肝細胞がんの原因は、地球規模ではいくつかのものがあります。わが国に限りますと、そのほとんどは肝炎ウイルスによる感染と思われます。肝炎ウイルスにはA、B、C、D、E、Fなどの種類があり、ごく最近G型が発見されました。わが国で問題となるのはA、B、Cの3種類で、肝がんと関係があるのはB、Cの2種類です。最近発見されたG型も、肝がんの発生に関与することが示唆されていますが、まだ研究の歴史が浅く結論は出ておりません。国立がんセンター中央病院で、B型、C型肝炎ウイルスの検査が可能になった1990年以降の統計では、肝がんの手術を受けた方のうち、85%はB型またはC型の肝炎ウイルスに感染していました。
これらB型、C型肝炎ウイルスが、正常肝細胞に作用して突然変異をおこさせ、がん化されるものと推定されています。したがって、わが国では肝炎ウイルスに感染した人が肝がんになりやすい「肝がんの高危険群」となります。
肝炎ウイルスに感染すると多くは「肝炎」という病気になります。その症状としては、全身倦怠(けんたい)感、食欲不振、尿の濃染(尿の色が紅茶のように濃くなる)、さらには黄疸などがあります。しかし、自覚的にはなんの異常な兆候がなく、自然に治癒することもあります。また、肝炎ウイルスが身体に侵入(これを「肝炎に感染した」といいます)するだけでは、必ずしも「肝炎」という病気になるとも限りません。肝炎ウイルスが健康な人体と共栄共存し、「ヒトは何らの身体的被害を受けず、肝炎ウイルスもヒトの身体から駆逐されず体内にとどまる」という状況もあります。このように、体内に肝炎ウイルスをもっていても健康な人のことを肝炎の「健康キャリア」といいます。
肝炎ウイルスの感染経路としては次のようなものがあります。
1)妊娠・分娩による感染
妊娠・分娩を介して「肝炎ウイルスをもった母親」から子供へという感染経路があり、これを垂直感染といいます。この場合は、同一家族・家系に何人もの肝炎ウイルス感染者が存在することが多く、これを肝炎の「家族集積」といいます。現在では、B型、C型の肝炎ウイルスは検出方法があり、妊娠中の母親は血液検査で肝炎ウイルスの有無が必ず調べられます。母親がB型ウイルスの保菌者(HB抗原陽性)と判明すると、新生児にはただちにワクチン治療が行われ、肝炎ウイルスに対抗する免疫物質(HB抗体)が新生児体内にでき、発病を防止する措置がとられています。
2)血液製剤の注射による感染
肝炎ウイルスを含んだ血液の輸血を受けると、輸血を受けた人の身体に肝炎ウイルスが侵入します。輸血を受ける状況にある場合は、病気・けがなど身体の抵抗力が低下しており、多くの場合肝炎が発症します。「輸血」とは、赤い血液(血液の全部の成分をさし、「全血」といいます)の輸血ばかりではなく、血液中の赤血球・血小板、または上澄み部分(血漿)などの「ある成分」だけを注射することがあります。これを成分輸血といい、特殊な病気の治療として行うことがあります。これらすべての輸血は、肝炎ウイルスの感染の可能性があります。現在は、輸血に用いる血液はすべて厳重な品質管理が行われており、肝炎ウイルスに関してもB型、C型についてはウイルスの有無を検査して、ウイルスの存在する血液は輸血には使わないという体制が確立しています。そのため、現在では輸血による肝炎は激減しています。ただし、B型にもC型にも検査で見つけられない「変わり種」ウイルスがわずかながらあることも事実で、輸血による肝炎が完全にゼロになったわけではありません。輸血は生命を救う唯一の治療である場合も多々ありますので、輸血をしなければならないこともありますが、「どうしても必要な輸血」以外は慎むべきですし、この考え方は広く医師に定着してきています。
3)性行為による感染
性行為も肝炎ウイルスの感染経路のひとつです。肝炎ウイルスに感染した人の一部では、体液(精液・膣分泌液・唾液など)中にもウイルスが存在することがあり、性交渉パートナーがこの体液に接触し、皮膚・粘膜に傷ついた部分があると、ここから相手パートナー体内にウイルスが入り込み「肝炎ウイルスへの感染」となります。
4)針刺し行為による感染
これは医者・看護婦などの医療従事者が、肝炎ウイルスのいる注射針を誤って自分の皮膚に刺してしまったとか、肝炎ウイルスをもつ方の手術中に血液の付着した針を誤って刺すなどの針刺し事故があります。また、予防注射の集団接種の時、1本の注射針で何人もの人に注射をすると、肝炎ウイルスの感染がその針を介して広がることもあります。この集団接種での感染の問題は、使い捨て注射針を用いて一人一人ごとに針を換えれば防止できますので、現在では予防注射からの感染はありません。入れ墨・針灸治療など針の消毒が不十分な場合も、肝炎ウイルスの感染の危険があります。「入れ墨肝炎」という病名さえあります。麻薬注射を1本の針で回し打ちすれば、やはり肝炎ウイルスに感染する可能性があります。事実、麻薬常習者には肝炎ウイルス感染が高率にみられます。
以上、肝炎ウイルスの感染ルートについて、現在わかっているものについて解説しました。しかし、1〜4の感染ルートのどれにも思い当たるものがないという場合も多く、「このルートだ」と断定することは必ずしも容易ではありません。1〜4以外の未知の感染ルートがあるかもしれません。したがって、肝炎ウイルスの感染は個人の意識・知識によりある程度予防できますが、防止できない部分もあることも事実です。肝炎ウイルスに感染してしまったら、即肝がんになり、生命が脅かされるわけではありませんが、肝がんの候補者と考えて対処すべきです。
肝炎ウイルスに感染していることが判明するのは、身体に変調をきたし、医師を受診してウイルス性肝炎と診断される、職場や居住地域の健康診断の血液検査で発見される、献血をした際に血液が輸血に適するか否かの検査で後日連絡を受ける、他の病気で医師を受診して手術や内視鏡検査を受ける必要が生じた際の血液検査で判明するなどの場合があります。また、家族の一員が肝炎ウイルスに感染していることが判明すると、医師は「家族集積」性をも考慮して家族の他のメンバーの血液検査も勧めます。
肝炎ウイルスに感染していることが判明したら、次には肝炎という病気になっているかどうかの検査が必要です。これも血液検査で容易にわかります。この段階で肝炎ウイルスの「感染者」か、「肝炎患者」かのふるい分けができますが、ともに肝がんにかかりやすい候補者と心得るべきで、医学用語では「肝がんの高危険群」といいます。
高危険群の人に肝がんを発生させないような予防法については、研究がされていますが、まだ決め手がないのが現状です。ですから、高危険群者は肝がんにかかっても手遅れにならないうちに早期発見・治療することが必要です。なお、肝がん高危険群の人がお酒をたくさん飲むと肝がんになりやすいことが統計的に示されております。
3.症状
肝がんに特有の症状は少なく、肝炎・肝硬変などによる肝臓の障害としての症状が主なものです。わが国の肝がんは、肝炎ウイルスの感染にはじまることが大部分であり、肝炎・肝硬変と同時に存在することが普通です。肝炎・肝硬変のために医師の診察を受ける機会があり、肝がんが発見されるという場合が多くみられます。食欲不振、全身倦怠感、腹部膨満感、便秘・下痢など便通異常、尿の濃染、黄疸、吐下血、突然の腹痛、貧血症状(めまい・冷や汗・脱力感・頻脈など)があげられます。肝がん特有の症状といえば、「みぞおちにしこり」を感ずることです。これは肝がんが肝臓の左半分の部分に発生した時にみられ、医学用語では「心窩部腫瘤(しんかぶしゅりゅう)」といいます。突然の腹痛、貧血症状は他の臓器の病気でもみられますので、肝がん特有とはいえませんが、肝臓病の症状としては肝がんが破裂・出血した時に特有のものです。肝がんに特有な「心窩部腫瘤」や「突然の腹痛、貧血症状」などの肝がん破裂症状は、肝がんとしてはかなり進行した段階といわざるを得ません。
4.診断
肝がんの診断は、血液検査と画像診断法によりされます。どちらか一方だけでは不十分です。また、血液検査や画像診断法を駆使しても「肝がん」と診断がつけられないこともあり、その場合は針生検といって、肝臓の腫瘍部分に針を刺して少量の組織片をとり、顕微鏡で調べることも行われます。
1)画像診断
肝臓の構造を目で見てわかる画像として描き、その構造の異常から病気を診断する方法で、レントゲン写真が代表的な画像診断法です。最近ではハイテクを応用した精密機械が多く利用されていますが、肝がん診断の進歩に多大な貢献をしたのが、CTと超音波検査です。ともに痛みや苦痛がなく、外来通院で行える検査です。しかし、それぞれ利点・欠点があるので状況に応じて医師が判断し、どちらかの検査を、または両方の検査を行います。
2)血液検査
肝機能の異常の有無を調べるとともに、「がん反応」が出ているかどうかを調べます。肝機能異常は肝がんによることもあれば、肝がん以外の肝臓病の場合にもみられます。現在、肝がんがなくとも高危険群かどうかも推定できます。肝がんの「がん反応」というのは、肝がんがつくる特殊な物質が血液中に出ることです。血液を調べ、これが存在すると肝がんである疑いが濃厚になります。このようにがんの存在を示す物質を「腫瘍マーカー」と呼びます。
3)腫瘍マーカー
肝がんの腫瘍マーカーは、AFP(アルファ型胎児性タンパク)という物質です。これは、本来はすべての人が胎児の時代に身体の中につくられている(胎児性)タンパク質の一種(アルファ型)で、出産とともに急速に消失し、成人ではみられない(陰性)ものです。一般的にAFPなどの腫瘍マーカーは、がんが存在すると検出され(陽性となる)、がんの勢いが旺盛で大きく育つと、腫瘍マーカーもそれにつれて値が上昇します。治療をしてがんが小さくなったり、身体から完全になくなってしまえば、腫瘍マーカーの値は下降したり、消失(陰性になる)します。このように、腫瘍マーカーはがんの診断や治療の効果判定、再発の有無の診断に役立ちます。ただ、今までの説明ですと、肝がんの検診は血液検査による腫瘍マーカーの検査だけでよさそうに思えますが、実はいろいろ問題点があり、単純には腫瘍マーカーだけに頼ることはできません。
まず、すべての肝がんがこの腫瘍マーカーをつくるわけではないのです。腫瘍マーカーが陽性であればがんが存在する可能性は濃厚ですが、その逆は「真」ではありません。「腫瘍マーカーが陰性」というだけで肝がんがないとはいえません。1gの重さのがんがつくる腫瘍マーカーの量は人により千差万別ですので、ごく初期のがんでは腫瘍マーカーの量は微量すぎて、現在の検査精度では陽性と判定できない場合もあります。さらに、がん以外の病気、あるいは状態でも腫瘍マーカーがつくられることがあります。肝がんの場合は、肝がんと同時に合併することの多い肝炎・肝硬変でも、量的には少ないもののつくられることがあります。健康成人ではAFPは陰性といいましたが、正確には血液1mlあたりAFP10ng(ナノグラム=1グラムの1億分の1)以下が陰性と判定されます。肝炎・肝硬変での産生は少量ですが、500ng程度までは上昇することが知られています。もちろん、肝がんの場合でもこの程度までしか上昇しないこともありますので、10〜500のAFPの値だけでは肝がんが存在するとは診断できません。
以上のように、肝がんの腫瘍マーカーであるAFPは、肝がんであっても陰性のことがある、肝がん以外の肝炎・肝硬変だけでも陽性のことがあるためにAFPの検査だけでは不十分で、どうしても画像診断を同時に行わなければなりません。
4)針生検
以上に述べた画像診断法やAFPの測定などの血液検査の結果から、多くの場合肝がんと診断がつけられますが、中には典型的な結果が得られず診断がつけられないことがあります。その時は「針生検」といって、超音波検査で肝臓内部を見ながら細い針を腫瘍部分に刺し、少量の腫瘍組織を採取し顕微鏡で観察して、診断を下すこともあります。より正確な診断を得るために有効ですので、日常的にこの検査を行う病院もあります。一方で、この顕微鏡による診断は非常に有力な判断材料となりますが、100%正確とはいえないこと、また針を刺した穴から出血したり、胆汁が腹部へ漏れて腹膜炎をおこしたり、針の通った経路にがん細胞が移植され、がんが拡がる可能性があるなどの副作用もありますので、「どうしても必要な場合だけに施行すべき」という慎重な方針の施設もあります。
5)肝がん検査の頻度
肝がんの場合は、自覚症状が出現してから病院を訪れるのでは手遅れのことが多く、肝がんの高危険群に属する人は日頃からの定期検査がぜひとも必要です。定期検診の間隔は、単に「肝炎ウイルスに感染している」だけで他に異常がなければ1年に1回で十分です。肝炎ウイルスの感染に加えて、肝機能に異常がある時は半年に1回は必要で、肝がんはまだないもののAFPが軽度上昇している場合は3ヶ月に1回の頻繁な検診が必要です。
高危険群ではない人については、肝がんになる確率は極めて低く、肝がんを意識した定期検診は必要ありません。職場・地域などの年に1回程度の一般的健康診断で十分です。
5.病期(ステージ)
肝がんの病期には、がんの進行程度を分類する「ステージ分類」と、肝機能の程度を分類する「臨床病期」とがあります。
ステージ分類は1〜4までの4段階に分けられており、数字が大きいほどがんが進行していることを意味します。「ステージ分類」の内容は専門的すぎますが、参考までに示しておきます。日本肝癌研究会の定めた「原発性肝癌取扱い規約(第3版)」から抜粋したもので、原文には「がん」を「癌」と表記してありますので、この部分に限り「癌」の漢字を使います。
ステージ1
単発した直径2cm以下の癌腫で血管侵襲を伴わない。
ステージ2
単発した直径2cm以下の癌腫であるが血管侵襲を伴う。または、一葉に限局した最大腫瘍径が2cm以下の多発性癌腫。または、単発した直径2cmを超える癌腫であるが血管侵襲を伴わない。
ステージ3
単発した直径2cmを超える癌腫で血管侵襲を伴う。または、一葉に限局した直径2cmを超える多発性癌腫。
ステージ4
一葉を越えて存在する多発癌腫。または、門脈または肝静脈の一次分枝の血管侵襲を伴う。
臨床病期は1〜3期までで、番号が大きくなるにつれ肝機能が悪くなります。臨床病期も「原発性肝癌取扱い規約(第3版)」で定められていますが、原文では細かな数字で規定されていますので、わかりやすくするために原文とは別の簡略な表現で示します
1期肝臓障害の自覚症状がない。
2期症状をたまに自覚する。
3期いつも症状がある。
肝がんは、「ステージ分類」4段階×「臨床病期」3段階の計12の病態に分けられることになります。
6.治療
肝切除、肝動脈塞栓術、経皮的エタノール注入療法の3療法が中心です。この他に、放射線療法や化学療法(抗がん剤投与)がありますが、放射線療法は骨に転移した時など対象が限られており、化学療法は効く確率が低く、効果が期待できません。
肝切除、肝動脈塞栓術、経皮的エタノール注入療法は、それぞれ長所・短所があり、一概に優劣をつけることはできません。がんの進みぐあい、肝機能の状況などの条件を十分考慮した上で選択されます。
1)外科療法:肝切除
肝切除は、がん部を含めて肝臓の一部を切りとる方法で、原理は極めて単純です。最大の利点は、「がんを治す」という効果が1番確実なことです。欠点は、がんの治療のためとはいえ身体に傷をつけ、合併症も少なからずあり、手術に起因する死亡が1、2%あること、1ヶ月ないし1ヶ月半におよぶ入院とその後1、2ヶ月の自宅療養が必要であること、手術前と同じ社会活動に戻るには半年前後かかることなどです。
肝切除の対象となるには、いくつかの条件があります。体力的には日常生活のすべてを他人の介助なくできる体力が必要なこと、肝機能的には強い自覚症状がなく腹に水がたまる(腹水)ことや黄疸がないことなど制限があることです。前述した「臨床病期」では「3期」は手術は危険です。これらを「機能的条件」といいます。「機能的条件」から、肝臓は何%まで切除可能かが決まります。
もうひとつの重要な条件は、がんの進みぐあいはどの程度かということです。がんの大きさ、数、分布状態などを「解剖的条件」といいますが、場合によって状況はさまざまです。手術の観点からは、大きいがんより小さいがんのほうが有利ですし、がんの数は1個が最もよく、数が多くなれば不利です。肝臓は大別して右部分(右葉)と左部分(左葉)に二分できます。がんの分布状態は、がんが複数の場合は小範囲に寄り集まってるのが有利で、右葉または左葉のどちらかだけに存在することが望まれます。このような解剖的条件から、がんを治すためには肝臓の何%切除する必要があるかが決まります。先の「機能的条件」からみた切除可能範囲(%)が、解剖的条件からみた切除必要範囲(%)より大きければ切除可能となります。がんの状況と肝機能の程度とが複雑に絡みあいます。例えば、直径2cm程度の小さながんで、がんの数も1個(肝がんの状況としては極めて恵まれた状況です)という早期発見でも、肝臓の中での位置や肝機能の程度により、極めて容易な手術になることもありますし、反対に手術不能ということもあります。
また、手術という治療法は技術に依存する要素が強く、肝臓手術の普及度はまだ十分とはいえず、手術の対象となる条件は全国的に標準的なものがまだ確立されているとはいえません。
2)肝動脈塞栓術
肝動脈塞栓術とは、がんが生きていくために絶対不可欠な酸素を供給している血管を、人工的に塞ぎ、がんへの酸素の供給をストップし、がんを窒息させ死滅させる治療法です。具体的には、大腿部(ふともも)のつけ根の部分に脈が触れるところ(大腿動脈)に局所麻酔をし、カテーテル(プラスチック製の鉛筆の芯ほどの太さの管)を大腿動脈へ差し込み、心臓の方向へ進めます。へその少し上まで押し込みますと、その辺りから肝臓へ行く動脈(肝動脈)が枝分かれしていますので、カテーテルを肝動脈へさらに押し進めます。カテーテルが肝動脈へ入った時点で、このカテーテルを通じて、ゼラチン・スポンジ(食用の「お麩」に似た物質)を2、3mm角大に細かくしたものやその他の薬剤を注入し、肝動脈をつまらせてしまいます。塞栓とは「栓をして塞ぐ」という意味です。そうすると、酸素を含んだ血液が肝動脈から肝がんに供給されなくなり、がんは窒息死してしまいます。「肝動脈を塞栓してしまうと、肝がんだけでなく肝臓の正常部分も窒息死してしまうのではないか」と心配されるかもしれません。しかし、その心配は無用です。肝臓へ血液を送るルートは、今述べてきた心臓から分配される血液の流通路である「肝動脈」の他に、腸から来る血液の流通路である「門脈」というもうひとつの血液供給ルートがあり、計2ルートあることになります。正常肝細胞はこのどちらのルートからでも酸素の供給を受けることができるのに反して、肝がん細胞は「肝動脈」ルートからだけしか酸素をもらうことができません。したがって、人工的にゼラチン・スポンジで肝動脈を塞栓すると、正常肝細胞は門脈から酸素の供給を受け生存し続けますが、肝がん細胞はその融通がつかず酸素不足により窒息死してしまいます。これが肝動脈塞栓術の原理です。この治療法は、がんの進みぐあいについてはほとんど制限がなく、適応範囲が広く多くの場合に行うことができます。ただ、がん細胞が門脈へ侵入して完全に門脈血流が途絶している場合は、危険ですので行えません。この状態になると、余命は3、4週間です。肝機能の制限もゆるく、黄疸・腹水がなければ施行可能です。1回の治療に要する入院期間は1週間程度と短く、副作用も腹痛・吐き気・食欲不振・発熱などがありますが、2、3日でおさまります。退院後、1週間も自宅療養すれば社会復帰が可能です。このように、肝動脈塞栓術は他の治療法に比べ治療対象の制限が少なく、長所も多く、最近の肝がん治療成績の向上に最も寄与しています。しかし、延命効果は多大ですが、完全に治りきる確率(完全治癒率)は現在のところ10%程度です。
3)経皮的エタノール注入療法
経皮的エタノール注入療法とは、100%エタノール、すなわち純アルコールを肝がんの部分へ注射して、アルコールの化学作用によりがん組織を死滅させる治療法です。人の肉眼では、身体の外からはがんの正確な存在場所がわかりませんので、超音波検査でがんの正確な場所に狙いをつけて注射をします。がん細胞は純アルコールと接触すると死滅しますので、原理としては単純です。しかし、問題は身体の見えない部分にあるがんを超音波検査でいかに的確に把握して注射できるかという点です。がんの全域にあますところなくアルコールを接触させ、周辺のがん以外の部分へのアルコールの接触を最小限度にとどめ、副作用を軽微に済ませるかという点も重要です。がんが肝臓内部の重要な血管に接して存在している場合、超音波検査で見にくい性質の肝がんの場合、肥満体格で超音波検査で肝臓全体のうち見えない部分があるなどの場合は、アルコール注射が安全かつ十分にできないこともあり、すべての場合で可能とは限りません。一般にがんの大きさは3cmより小さく、がんの個数は3個以下がこの治療の対象とされています。しかし、よい効果が得られるのは2cm以下のもので、2cmを超えるとアルコールとの接触が完全に行うことができない場合もあり、治療成績は落ちます。肝機能の程度からは腹水や黄疸があると危険です。欠点は、がんの大きさ・数などの制限があることです。長所は身体に与える副作用が少なく、肝切除・肝動脈塞栓術と比べ、短期間で社会復帰できることです。
表に肝がんのさまざまな病態ごとに、可能な治療法を示します。なお、表中のTAEは肝動脈塞栓術を、PEITは経皮的エタノール注入療法を意味します。
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臨床病期:1期 |
臨床病期:2期 |
臨床病期:3期 |
| ステージ1 |
肝切除、 PEIT、 TAE |
肝切除、 PEIT、 TAE |
PEIT、 TAE |
| ステージ2 |
肝切除、 PEIT、 TAE |
肝切除、 PEIT、 TAE |
PEIT、 TAE |
| ステージ3 |
肝切除、 TAE |
肝切除、 TAE |
TAE |
| ステージ4 |
肝切除、 TAE |
肝切除、 TAE |
TAE |
7.肝がん治療後の養生
すべての肝がん治療は、肝臓機能に対しては多かれ少なかれマイナスに作用します。治療直後の注意事項について退院指導として述べます。
1)肝切除後
肝切除が可能な場合は、前述のように肝機能は比較的良好です。肝切除から退院までは15〜20日で、退院時の肝機能は回復過程にあります。退院直後の注意点としては、以下のような事項があります。
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(1)術創
痂皮(かさぶた)が付着している状態です。乾燥していればガーゼをあてておく必要はありません。入浴時は石鹸を掌につけて創部をやわらかくなでるようにします。痂皮は自然落下を待ちます。創痛は個人差があります。普通は創全体に鈍い痛み、あるいは違和感程度で、全体に感じる痛みは強いものではありません。しかし、夜就寝後などに痛みが強く感じられることもあり、このような時は座薬の鎮痛剤が効果があります。たまにごく狭い範囲だけに鋭い痛みを感じることもあります。このような場合には、担当医に相談し「神経ブロック」などの処置を受けるとよいでしょう。
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(2)体重測定と尿量、または尿回数の記録
肝がん切除後には、退院後も体重の測定を励行して下さい。肝臓の働きが落ちた兆候のひとつである腹水がたまり体重が異常に増加するのを警戒するためです。肝切除後は術前より食事摂取量は低下しており、肝機能が順調に回復していれば、カロリーバランスから術後1〜1.5ヶ月は体重は減少気味となります。術後、この時期に体重が増加するのは腹水がたまるためです。体重測定の目的は体重減少を心配するのではなく、異常な体重増加を警戒してのことです。1週間で2kg以上の増加が認められたら、すぐに担当医に連絡して下さい。腹水の有無・程度をチェックし、必要な処置を講じます。肝障害が強く、退院時に強力な利尿剤を投与している場合は、尿回数または1日尿量の測定が必要なこともあります。
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(3)食事
食事の摂取量については、現今の食料事情を考えると、むしろ抑制気味にしないとカロリーの過剰となります。一般の方はともすれば「大手術後だから頑張って食べないと回復が悪い」と励まして食べさせる傾向があります。しかし、肝臓の悪い人は糖尿病傾向があることが多いので、そのような場合は、退院直前に栄養士によるカロリー制限の指導を受けます。
食事の質については、「偏食をしない」ことを基本方針とし、「食べてはいけない物」は特にあげません。ただ塩分については、肝障害の程度に応じて制限を加えます。腹水コントロール中は、塩分は1日に7〜8g以下に抑えます。腹水がなく、肝機能が安定している場合の食塩制限の目安は、味噌汁など汁ものは1日1杯まで、漬け物・佃煮は標準量の半分、そば・うどん・ラーメンなどの汁部分はできるだけ残す、刺し身・寿司につける醤油は少なめにします。筋肉を使う運動量が汗をかくまでに回復した段階では塩分制限は必要ありません。わが国では「肝臓には油ものはいけない」という思い込みは強固で、広範囲に流布しています。肉の脂肪層は避けるように勧めますが、魚の脂肪、てんぷらなど油脂で調理したものは普通に食べなければいけません。しかし、退院後、外来通院中に食事摂取状況を問うと「あぶら物は避けています」というケースは少なくありません。食事指導の骨子は「腹八分目、塩分控え目」です。
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(4)運動
肝切除後の運動を制限するのは、内臓機能の低下ではなく、手術により筋肉が1度切断され強度が回復していないためや、数日間寝ついたために筋肉・靭帯(じんたい)が弱っていることなど身体を支える部分が弱くてもろくなっているためです。肝切除では、上腹部から側胸部にかけて胴体の1/3〜1/2におよぶ傷ができ、その部分の支持能力は弱くなっています。術創は左右非対称であることが多く、足で立ったり、上半身を立てた状態、すなわち背骨をまっすぐにする時は、正しい姿勢を保つための筋肉・靭帯などに左右不均等な力がかかります。同じ姿勢を長時間続けると疲労感が強くなります。自動車の運転などがその例です。術後は姿勢を頻繁に変えることが疲労を避けるコツです。
合併症がなければ、退院直後から歩行運動を開始します。特に、糖尿病傾向の人はたくさん歩くことを習慣づけることが望まれます。万歩計を使うと運動量が数字でわかるので便利です。
スポーツを再開するにあたっては、筋肉・靭帯の伸展運動(ストレッチング)を毎回丹念に行う必要があります。手術に伴い、寝込んだために筋肉・靭帯は萎縮し、心肺機能も低下しているので、手術前にできた運動をいきなりするのではなく、運動量は徐々に増加させていく配慮が必要です。運動を行う場合、持久力と瞬発力の2点を考慮する必要があります。持久力は、筋肉・心臓・肺などの機能回復とともに回復します。瞬発力は特定の筋肉・靭帯に瞬間的に大きな力がかかるので、術後では腹筋にそのような負荷のかかる運動は注意を払うべきです。例えば、ゴルフは持久力の点からは術後早期(1、2ヶ月後)から可能ですが、瞬発力の観点からは、ボールを打つ瞬間に躯幹の筋肉に瞬間的にかかる力は相当に強く、1番弱い術創に負荷が集中します。縫い合わせた筋肉が離れることもあります。ストレッチングとウォーミングアップを十分行うことと、同時に腹筋にかかる負荷量も徐々に増加させていく配慮が必要です。
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(5)便通の調節
肝臓病に便秘は大敵です。宿便は有害化学物質の供給源であり、これらの有害物質は、体調をくずす引き金となります。繊維分の豊富な食物を摂取したり、運動をすることなどは便通を促進しますが、これだけでは定期的な便通を確保できないことも多く、そのような場合は薬剤の助けを必要とします。担当医から薬を処方してもらい、1日に1、2回の便通を確保することが大切です。
2)肝動脈塞栓術後
肝動脈塞栓術後は多くは、4、5日で退院可能となります。肝動脈塞栓術後の症状としては、みぞおちの痛み、吐き気・嘔吐、食欲低下、発熱などであり、血液検査でも軽度の異常が出ますが、一時的で4、5日でもとに戻ります。治療対象となった腫瘍が大きいと発熱が長引く傾向があります。しかし、この熱は心配のないものです。熱がおさまってくると食欲が回復してくるので、運動量を増加させることが可能ですし、また必要です。「臨床病期2期」ならば肝動脈塞栓術の際は、1週間の入院、退院後1週間の自宅療養で社会復帰できます。肝動脈塞栓術後は糖尿病が悪化したり、ストレスによる胃・十二指腸潰瘍ができやすくなります。糖尿病を合併している場合は、摂取カロリー・運動量・血糖降下薬の調節が大切です。肝炎・肝硬変は、元来胃・十二指腸潰瘍のできやすい状態ですので、肝動脈塞栓術後は潰瘍予防の薬の服用が必要です。
3)経皮的エタノール注入療法後
肝切除、肝動脈塞栓術、経皮的エタノール注入療法の中では、経皮的エタノール注入療法が最も身体への悪影響が少なく、体調は早く回復します。経皮的エタノール注入療法直後に針を刺した付近が痛んだり、熱が出たりすることがありますが、数時間〜半日で解消します。血液検査でも変化は軽微であり、1、2日で回復します。したがって、全身状態の落ち込みはほとんどなく数日で社会復帰できます。
4)肝がん治療後養生の要約
肝切除、肝動脈塞栓術、経皮的エタノール注入療法の治療後に共通する養生を要約します。
運動: 努めて積極的に励行しましょう。スポーツという狭義の運動のみならず、「日常生活での行動・動作」という意味で「足をよく使う」ことが望まれます。
食事: 偏食せず、腹8分目、塩分ひかえ目にしましょう。
便通: 1日に1、2回を確保しましょう。
体重: 毎日定期的に測定し、一定に保ちましょう。
8.肝がん治療の経過
わが国での肝がんの原因は、大部分が肝炎ウイルスです。肝がんの治療法は、肝切除、肝動脈塞栓術、エタノール注入療法などがありますが、どれも肝炎ウイルス感染の結果である肝がんを治しますが、その原因である肝炎ウイルスの影響を根絶するものではありません。ですから、2度目の肝がんが発生することも少なからずあります。肝がん治療が、いったん完了してもその後の定期的検診が極めて重要です。担当医の指示にしたがって定期検診を受けることが大切です。
各治療法ごとの治療後5年生存率は、肝切除50〜60%、エタノール注入療法40〜50%、肝動脈塞栓術10%前後です。各治療法がふさわしい病気の程度が違いますので、この数字はそれぞれの治療法の優劣を示すものではありません。また、この数字は集団として扱った治療法ごとの平均値ですので、各集団の中での一人一人の生存期間を正確に予測することは困難です。 |
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